9月30日(水) シンクロ率 33 %

"P.O.P" Festival のアーカイブ配信を鑑賞。これ円盤出るよね? 円盤でじっくり観たい。Abema で観たが、ときどきビットレート不足でカクつくことがあった。

新鮮な彼岸花が咲いていた。彼岸花は開花してすぐに色が褪せてしまう。これらは強烈な赤色を保っているので、開いてからまだ1日も経っていないものと思われる。

彼岸花

日高の巾着田というところに彼岸花の群生地があり、西武沿線のちょっとした観光地になっているが、今年は観光客の密集を避けるため、イベントを中止し、花は全部摘んでしまったと駅に告知が出ていた。結局、クレームを受けたり責任を問われたりしたくないということなのだろう。一人一人の大人としての良識に任せればいいところまで過剰に先回りして「キチガイ除け」的な対応をするせいで、息苦しさが増してゆく。

9月27日(日) シンクロ率 22 %

原稿を納品して一息つく。今回は不慣れな分野だったので、ここからまだ時間がかかりそう。

竹内結子さん死去。やりきれない。

郵貯の残高を確認しようとしたら暗証番号が分からず、ゆうちょダイレクトとまとめて番号通知やら初期化の手続きをし、押印忘れで再度書類を送ったりして、ようやく結果が届いた。郵送されてきた暗証番号は全く覚えがない番号になっていた。母親が変えていたらしい。分かるわけがねぇ。残高には不審な点はなく、一安心。

9月21日(月) シンクロ率 23 %

連休。校正。原稿が進まない。

SN11 のバグを見つけて報告。どうせ直さないだろう(やさぐれ)。

Perfume『"P.O.P" Festival』を abema で見る。コンテンツたくさん。一部は YouTube にも上がっている。しかし仕事が忙しく、一日張り付いて見ることはできず。アーカイブで見るか。

9月12日(土) シンクロ率 25 %

昨日、工務店の人が来た。屋根修理の見積を出してもらうため、状況を見てもらった。何か隕石の当たった穴とかがあるわけではなく、瓦の下に敷いているシートが経年変化でもうボロボロで、そこから浸水して雨漏りになっているらしい。部分的な修理にはできず、屋根の全面葺き替えが必要とのこと。やれやれ。ひとまず見積を作ってもらうことに。

数日前に書いた通り、この家はもはやうちの持ち家ではないので、大金をかけて修理すべきかというのは悩みどころ。所有者になっている人(父の知人)とは賃貸借の契約を結んでいるものの、普通の大家のような補修義務は負わないという契約になっているので、直すなら我々が自腹を切るしかないのだが。ここに住むのも母親が死ぬまでだろうしな。

9月11日(金) シンクロ率 27 %

ドコモ口座事件。最近まったく使っていないが、子供時代から持っているゆうちょ銀行の口座がある。ゆうちょダイレクトを利用登録していたので web から残高を見ようと思ったら、パスワードを忘れてログインできなかった。パスワードをリセットするためには別途合言葉などが必要。こちらも完全に忘れている。そのうち ATM で確認しよう。

ペルーの天文学者、イシツカ ホセさんを支援してください! イシツカホセさん(愛称:Pepeさん)は大学院時代に院生として隣同士の部屋で過ごした。Pepeさんは観測の人だったので研究の突っ込んだ話をする機会はあまりなかったが、同じゼミにも出ていた。転倒して頭部を損傷、要介護の状態とは。年月が経つといろいろなことが起こる。

なぜ Jose さんの愛称が Pepe になるか、といった話もご本人から伺った覚えがある。Jose はイエスの父ヨセフの名なので、「パパ」みたいな意味で "Pepe" という愛称になるのだ、というような話だった。正確にはここに書いてあった。

Pepe is a nickname for Jose,Giuseppe, Jusepe.
In Latin, Saint Joseph’s name is always followed by the letters “P.P” for pater putativus (commonly accepted) father of Jesus Christ. In Spanish, the letter “P” is pronounced “peh” giving rise to the nickname Pepe for Jose.”

Pepeさんの回復を祈ります。

9月7日(月) シンクロ率 25 %

Newton (ニュートン) 2020年 10月号

次の仕事のお話。仕事をいただけるのはありがたい。飛んで来る球を日々打ち返す、その繰り返しこそが人生。暇になったらあれしようこれしよう、というその「暇」は、個人事業主にはもはや永遠にやって来ない。どっかにねじ込むしかない。

私事に忙殺されて完全に忘れていたが、8/26 発売の『Newton』10月号で「Cosmic Wonder 夜空にきらめく大彗星」を執筆いたしました。よろしければご覧ください。ネオワイズ彗星やヘール・ボップ、百武など、近年の大彗星の画像をいろいろ。監修は渡部潤一先生。

ヘール・ボップや百武は銀塩写真の時代だったので、解像度の高い画像がなかなか残っていない。国立天文台にある画像も、今となっては小せぇなーという印象。印刷物にはちょっと使えない。昔の天体の銀塩写真やフィルムを持っている方は、後世のために高 dpi でスキャンしてネット上に蓄積しておいて欲しい。

9月6日(日) シンクロ率 28 %

Reframe

レビウ【映】『Reframe THEATER EXPERIENCE with you

@TOHO シネマズ池袋。この地域が再開発されて以降、初めて来た。綺麗になっている。中池袋公園にいわゆる腐女子っぽい方々がたくさんいる。かつてはもう少しサンシャインシティ寄りのあたり(乙女ロード)にそういう人たちのための店がたくさんあったが、アニメイトなどが移転した関係で中池袋公園周辺に中心が移ったらしい。

映画の内容は NHK BS で放送したものとほぼ変わらない。大スクリーンで観られるのが良い。そして副音声が聴けるのが重要。メンバー三人のトークと、ライゾマティクスの方々による技術面の解説の2通り聴ける。BS の本放送は見ていたので、今回はいきなり副音声あり(メンバートークの方)で鑑賞してみた。

劇場映画で副音声ってどうやるのかなと不思議だったが、スマートフォンにあらかじめ UDCast というアプリを入れておき、このアプリ上で副音声のファイルをダウンロードする。劇場で映画が始まると、このアプリが場内に流れている映画の音声を認識し、タイミングを同期させて副音声ファイルを再生するので、スマホのイヤホンで聴く、という形。事前に UDCast の web サイトを PC などで開き、デモページ(テスト音声が流れる)を使って、自分のスマホがちゃんと音を拾えるかどうか試しておく必要がある、という点がちょっとハードル高い。この UDCast は元々は視覚・聴覚障害者や外国人などが劇場で映画を楽しめるよう、バリアフリー的な用途を想定して作られたしくみらしい。なのでスマホに字幕を出す機能もある。

館内は副音声を聴く人ばかりではないので、スマホをいじっていると咎められたりしないかなぁとちょい心配だったが、上映前に携帯電源オフを求めるいつもの告知映像があった後で、「この映画はスマホで副音声が楽しめます」的な告知もあった。これならまあ大丈夫なのだろう。

これまでの曲のアイコンになっているポーズを 3D スキャン映像と実演で再現する『Pose - Perspective』では、三人の 3D モデルが背景のスクリーンに映り、いろんな角度でぐりぐり回転する。副音声であ〜ちゃんが、このスキャンデータは下半身の方はどこまで取られとるんじゃろ、結構真下近くの角度まで取られとるよね、これ下の方から覗いたらパンツ見えるんじゃないか、と気にしていたのが面白かった。眞鍋氏曰く、Perfume はいろんな衣装で膨大な量の 3D データを取っていて、これだけ良質の 3D スキャンデータをこれだけの数取っているのは世界でも Perfume くらいしかいないはず、ギネスに申請できるくらいデータがある、とパンフのインタビューで語っている。

終盤の『Dream Land』、風になびく紗幕とスモークを使った舞台はただただ美しい。そして『Challenger』で終わり、MC で感極まるあ〜ちゃんの姿にもらい泣きしそうになるところで、副音声のかしゆかが全力で笑わせに来る。静まりかえった映画館の中で必死で笑いをこらえる拷問的時間。

セガのたい焼きを買って帰った。

9月5日(土) シンクロ率 22 %

何もかもが澱んでいるので、久しぶりに近所のカフェへ。スタンプカードの期限が切れていた。

OS がいまだに El Capitan (10.11) であるせいか、最近 Firefox の自動更新で最新バージョンが来なくなった。いわゆる ESR 版に切り替わっている。macOS の最新はいつの間にか 10.15 (Catalina) とはるか遠くに去ってしまった。ハードウェアが MBA の Mid 2012 なので、Catalina まではインストール可能。11.0 Big Sur ではもうサポートされない。買い替え時なのかもしれないが、いろいろ出費が続いているので今は微妙。車にも金を使ってしまったし。

9月3日(木) シンクロ率 23 %

良い天気。暑い。

母とともに上京。父の負債の債権者と面談。いろいろ話をした。

父にはライフワークがあった。競馬の必勝法の研究だ。必勝法と言っても100%当てるというわけではなく、薄くてもいいので投資額を上回るリターンを必ず得ることを目標にしていた。まあそれでも十分にオカルトなのだが。何でも、競馬で必ず利益を出す方法を極めた人物がかつてアメリカにいたが、その人物は死んでしまい、ノウハウが未解明のままになっていると。で、そういう人物がいたのなら、自分がその理論を独立に発見することも不可能ではないはず、みたいなことだった。徳川埋蔵金の発掘とか角の三等分問題などに人生を賭けてしまう人がたまにいるが、その類である。父は俺が小学生の頃からずっとこの研究を続けていて、この夢(妄想)に取り憑かれて一生を棒に振った、とも言える。

小遣いの範囲内でやる程度の趣味ならよかったのだが、父は本気でこの研究を完成させて一発当てるつもりでいた。実際にどのくらい金をつぎ込んだのかは我々家族にもよく分からない。分からないが、母は俺が幼い頃からつい最近まで、ほぼずっと父の借金を返済していた。若い頃の父は自営で印刷所をやっていて、1000万円くらいの印刷機を購入したことがあった。その機械のローンがあり、持ち家のローンがあり、子供が3人いたので生活費・学費も必要で、事業の運転資金も要ったと思われるが、それにしてもそれらだけでは説明がつかないほどの借金が我が家には常につきまとっていた。

もともとうちは持ち家だったが、父が仕事上で知り合った知人の方に借金をして、いつまで経ってもそれを返せないために、家はその人に譲渡され、現在は家賃を払って住まわせてもらっている。家の所有権が移ったのは15〜20年前のことだと思っていたが、父の死後に登記を確認したところ、俺が小学生だった35年以上前からすでにその人の名義に変わっていたことが判明した。母に対して父は「登記簿をなくした」と言って見せなかったらしい。父がこういう嘘をいろいろついていたことが死後になって分かってきて、母は相当ショックを受け、一時期かなり憔悴していた。他にも、親戚や旧友などに少しずつ金を借りていたらしい形跡が見つかっている。

俺が小さい頃、早々に印刷所の経営に失敗した父は、その後はいくつかの会社の印刷工として勤めていたが、15年ほど前に「競馬の研究に専念したいから」というクソみたいな理由を母に告げて勤め仕事を辞め、印刷の仕事を受注してつてのある印刷所に斡旋・仲介する商売を自宅で始めた。結局うまくいかず、最終的にはアルバイトとしてフィットネスジムの清掃・メンテの仕事に就いて一生を終えたのだが、この印刷仲介業の時代に作った負債もかなりあるらしい。もう消滅時効になっているはずだが。こういう借金の貸主に対しても、競馬の研究がもう9割がた完成していてもうすぐ形になるから、というしょうもない言い訳をして回収を逃れていたふしがある。

この、「もう9割がた完成しているから」という言い訳を、父は俺が中学生くらいの頃からずっと言い続けていて、当然だが完成することはなかった。俺が成人して仕事に就いた後、父が「自分の理論を検証したいが馬券を買う金がもうない」と俺に金を無心してきたことがあった。そんな話がうまく行くわけがないことを散々説明したが、父は理解しようとしなかった。呆れはてた俺は30万円を渡し、「親父の理論で馬券を買って運用して、まずこれを2倍の60万円にしてみろ。60万になったら続きの話を聞いてやる」と言ったことがあった。しばらくすると今度は、「自分の理論通りに馬券を買う勇気が出ない」と言い始めた。パドックでの馬の動きや特徴などから勝つかどうかを判定するらしいのだが、なけなしの金を使うと思うとどうしても判断に迷いが出てしまって、理論通りに馬券が買えないと言う。知らんがな、としか言いようがない。実験者の私心に左右されずに実験・検証できない理論など理論ではなかろう、と俺は呆れて言った。

そんな感じで、俺がくれてやった金が60万円になったという話はついに聞かなかった。客観的に見て、父はクズだったと言ってよい。家族に対しては常にやさしく、暴力をふるうこともなく、浮気もしなかった父だが、この研究への執着だけは異常だった。巨額の負債を返すにはもうこれしかない、という強迫観念があったのかもしれない。あるいはよくあるギャンブル依存症だったのかもしれない。いまだによく分からない。

末期癌が見つかって抗がん剤治療に入ってからも、とにかくこの研究を完成させるために病気を治すんだ、というのが治療に取り組む動機になっていたように思う。母は父に渡す金を厳しく管理していて、俺も父に金を渡すことはあの30万円以降一度もなかったが、父は小遣いを貯めて作ったらしいわずかな研究資金で、最後まで競馬場に行って馬券を買おうとしていた(父曰く、自分の理論はテレビやネットでレースを見るやり方では使えないのだ、とのことだった)。死ぬ半年ほど前には、「競馬場へ行くのは体力的にもうきついので、携帯電話かネットで馬券を買う方法を教えてくれ」と言ってきた。死後に父の携帯電話の履歴を見たところ、馬券を買うのは難しくてできなかったようだが、レースの結果は電話で確認していたようだ。

死ぬ2か月ほど前、体調がいいときに手書きの紙を持ってきて、「直近のレースで俺の理論を検証した結果」というのを見せてくれた。計13回のレースについて予想して7回当てた、この理論でいけるんじゃないか? と言う。数学は微積分で挫折したという文系の父は、この手の研究をするというわりには、中学高校レベルの確率・統計すら学ぼうとしなかった(こういうところも俺が苛立つところだったのだが)。そんな感じで、有意水準とか p 値とか言っても父に理解できるはずもないので、「7/13 ではお話にならない。700/1300 くらいになれば有意と言えるかもしれないが」とだけ答えた。自信があったらしい父は、「そうか。がっかりしたな」と寂しそうにつぶやいた。

死んだ時点で、父の財布には12,000円ほど残っていた。これが父の最後の全財産だった。訪問看護の人が家に来たときには、「財布を(看護師の人に)盗られないように、ハンガーに掛けてある上着を隠してくれ」と、せん妄で半ば意識が朦朧としながら言っていた。たった12,000円ぽっちで死ぬ間際まで「研究」を続けようとしていたことを思い出すと、情けないような哀しいような可笑しいような、何とも言えない気分になる。

とまあこういう状況で、父が107-8円の負債を残したまま死んでしまい、母も俺達兄妹も到底こんなものを背負える能力はないので、相続放棄などいろいろ手続きをしているところ。

9月2日(水) シンクロ率 25 %

家でリモート取材仕事。JAXA 広報さんから何度言われても Webex の表示名を「社名+記者名」に修正しないことで有名な某テレ報道局様は、今日の説明会には join してこなかった模様。

セブンイレブンの ATM でマイナポイントの申込をした。一番使う PASMO を登録。手続きのステップがありすぎて、これも高齢者には無理だろうな。うちの母も端っから諦めている。まあ最大で5,000円分付くだけだし。

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