潮汐力

(科学の扉)潮の干満、なぜ2回 月に振り回される遠心力、カギ:朝日新聞デジタル。日曜の朝刊でこの記事を読んで、なんか変なこと書いてるなぁとずっと気になっていた。潮汐力に公転の遠心力は関係ない。仮に地球と月の公転を「神の手」でぱっと止めて公転の角運動量を瞬時になくすと、地球と月は互いに自由落下→正面衝突する。この落下している最中も海水は前と後ろの2箇所で膨らむし、地球が自転していれば1日2回の干満を生じる。あるいは、公転を止めた上で地球と月を長さ38万kmの棒の両端に固定すれば、落下することもなくなるが、この状態でもやはり海水は前後2箇所で膨らみ、自転していれば1日2回の干満を生じる。公転の遠心力と潮汐力は全く無関係。「FN の高校物理」の藤田紀夫氏が「潮の満ち干の説明がどれも不十分で分かりにくいのは、結局、遠心力が説明できていないからです」と言ったらしいが、全く意味不明。

…などともやもやしていたら、記事を書いた高橋真理子氏が WEBRONZA で後日談を書いていた:潮の満ち干の説明は誤解ポイントだらけ - 高橋真理子|WEBRONZA - 朝日新聞社。記事の反響が大きく、ダメ出しも多かったらしい。あの内容ではまあそうなりますよね。

高橋さん自身は(東大の物理学科出身だけあって)「地球が月から受ける万有引力の大きさ・向きが場所によって違う」ことだけから潮汐力は説明できる、と正しく理解されている。しかし、

理科教育の専門家に取材すると、「子どもにはこの説明はわかりにくい。だって、月は地球を回っているのだから」と言われてしまった。とすれば、従来の遠心力を使った説明で何とかもっとわかりやすくするしかない。

ってことであの珍妙な記事ができあがったらしい。その「理科教育の専門家」がちゃんと理解していないだけじゃないのかね。月が地球を回っているから何だと言うのだろう。1日2回の干満が生じる原因とは関係ないし。現象の本質を抽出しようとする理学の人々と、「捨象や単純化は子供には無理。現実に起きている現象は全部入れないと子供向けの説明にならない」と考える理科教育の人々の齟齬、みたいなことか、とも思う。

この「潮汐力と遠心力」の話は「飛行機が飛ぶ原理が実は分かっていない」説と並んで松田卓也さん(神戸大学名誉教授)が斬る話の十八番になっていて、松田さんの web サイト著書で論駁されている。上記の藤田氏の web サイトや半田利弘氏が『天文教育』誌に寄稿した記事も斬られている。

月が地球の位置に作るポテンシャルをちゃんと r/R で展開して2次の項まで残して…という普通のやり方で潮汐力を導出する方法、及びそこで遠心力を「正しく」考慮した場合の結果については松田氏が書いた英語の論文がある。