東京時層地図 for iPad が素晴らしい。現在の地図と様々な時代の古地図を2画面で見比べることができる。5mメッシュの地形データも見られる。一晩中見ていても飽きない。2,500円という値段だが、この楽しさを考えれば安い。眺めているといろいろ気づく。
- 戦前の東京は軍の敷地がやたら多い。渋谷公会堂の場所は陸軍の軍事刑務所(衛戍監獄)だった。そういえばあの敷地の隅に二・二六事件の慰霊碑がある。事件の首謀者はあそこの刑場で銃殺刑に処せられたらしい。
- 弊社の周辺は田んぼだった。明治の頃には弊社の向かいに池が二つあった。
- 渋谷の東急本店の敷地は小学校だった。
- NHK 放送センターの西門前で井の頭通りからいったん枝分かれし、100mほど丸くカーブして再び井の頭通りに合流するという、何のためにあるのか意味不明な道がある。ロケバスを路駐してサンクスに立ち寄るには便利そうな道だが、昔ここにも大きな池があり、この池をよけるように西にカーブして道が付けられていた。つまり丸くカーブしている側道こそが昔からある道で、現在の井の頭通りは昭和30年以降にカーブをショートカットするように付け替えられたものだった。
- 1930年代の地形図は「戦時改描」が半端ない。信用できない。淀橋浄水場や六本木の歩兵第一連隊・歩兵第三連隊、市ヶ谷の陸軍士官学校の敷地など、全くのでたらめが描かれていて面白い。
- 新宿コマ劇場は明治の頃は旧肥前大村藩主の大村子爵邸。ばかでかい池があった。その後は女学校になった。
- 明治の人達は競馬が好き過ぎる。靖国神社の細長い敷地は競馬場だった。早稲田大学理工学部も競馬場だった。慶應義塾大学三田キャンパスの東隣も競馬場だった。
- 明治の終わりになると市電が網の目の如く走るようになる。新宿伊勢丹の場所は市電の車庫だった。新宿区役所の向かいにあるミスタードーナツのビルがなぜか三角形の敷地になっていて裏手に謎の遊歩道があるが、あの遊歩道はかつての市電専用軌道の跡だと知った。靖国通りを渡って紀伊國屋書店の横の道を走り、新宿通りに出たところに「角筈」という電停があった。戦後は新宿通りを走る路線が廃止になり、角筈の電停もミスドの位置に移転したようである。
- 新宿駅西口のロータリーは専売支局の工場だった。赤煉瓦の塀が続く広い工場で、煙草とか作っていたらしい。
- 池袋駅の東口には広い雑木林があった。根津嘉一郎が所有していたので根津山と呼ばれていたらしい。
- 池袋駅東口には古い道はほとんど残っていない。4月13日の城北大空襲で徹底的に破壊され、その跡に大規模なヤミ市が立ったせいか、戦後早い時期に区画整理が入って町割が大きく変わったっぽい。今歩いても直線的な道ばかりで何となく人工的で落ち着かない気がするのはこのせいか。東京のターミナル駅前でここまで変わった地域は他にあまりない。新宿や渋谷は、変化が大きいと言っても明治時代の道がかなりの割合で残っている。
収録されている最も古い地図が明治9〜19年なので、ぜひ江戸時代の地図も載せて欲しい。惜しいのは現代の地図として iOS の純正マップを使っているところ。iOS のマップは情報量がスカスカなのでそこが残念。Google Maps と連携してくれたらいいんだが。